『真昼のアイアン・メイデン』《月》 CAST:Hizikata.Yamazaki.















 思っていた以上に相手は強情だった。
 顔の表面積も随分変わってきたし見た目がすでにだいぶ違う。普通ならそろそろ吐いても良い頃なのに、その気配も無い。

 だが、吐かせなければ明日にはこの街の何処かが吹っ飛ぶ。

 「…眠いか?」
どう見ても男の目が虚ろになり始めていたので訊いてみた。人がこれだけ焦ってるっつーのに、呑気に居眠りこきやがってこの野郎。
 わざわざ沖田に持ってこさせた桶を持ち上げる。ずしりと重い手ごたえだった。
「一発で覚めるぜ」
ばしゃん。一度で全部の水をぶちまけるようなことはせず、少し傾けて三分の一ほどを空けた。冷たいしずくが少し自分にもかかって、麻痺しかけた感覚がわずかだけ刺激される。
 ああ、鬱陶しい。
 苛つきながら再び訊いた。もうこれで頷けば良い、そうすれば俺もお前もこれで終われる。そんな思いをぼんやりとでも抱きながら訊いた。
 男の頷く気配は無い。
 刹那的に苛立ちが募って、がっ・と乱暴に相手の髪を掴んだ。顔を上げさせる。


 暗い瞳は自分を見ていた。

 ただ真っ直ぐ、真っ直ぐに、何も言わず真っ直ぐに。

 そこには肯定も哀願もない。ひたすらな静があった。


 「…分かった」
投げるように男の髪を解放する。そして、背後の山崎に声をかけた。気構えしていなかったのか、少しトーンの上がった返事が来る。
「縄解く。押さえてろ」
言いながら、一旦ポケットに納めていた釘を再び取り出した。相変わらずひんやりと冷たい感触。
 目の前で山崎ともう一人の隊士が男の腕の縄を解いていくのをぼんやり見ながら、手の中の釘を弄ぶ。この釘は、元からこの為に買ってきたのだったか、それともまっとうに大工仕事の為に買ってきたものだったか。もう忘れてしまった。
「副長」
顔を上げる。いつの間にか縄は解けきっていて、右手は伏せるように床に山崎が押し付け、左手はもう一人の隊士が後ろに回させ押さえていた。
「準備、良いですよ」
「ああ」
頷き、ゆっくりと片膝をつく。押さえられた手の甲に左手を添えて、少しなぞった。
「…どっちが良いか……」
独り言みたいに呟きながら、釘を持ち、手の真ん中に据える。
「やっぱり山崎の“好意”は無駄に出来ねーな」
「……」
少し複雑そうな顔をして黙った山崎に構わず、置いていた槌を再び取る。くるくると軽く回しながら、
「喋る気は無いか?」
「……」
「喋らねェか?」
かん!
 小気味良い音と一緒に、釘の食い込む湿った音。猿ぐつわの奥から悲鳴が漏れる。
「喋らねェか?」
かん!かん!かん!かん!
 漏れる声が大きくなり、ぷつぷつと小さな赤い飛沫が飛ぶようになる。槌と釘のぶつかる硬い音の後に必ず土方の一文字も違わない問いが入り、悲鳴以外のリアクションが無いことを確認すると次の硬い音が待っていた。震える手が退こうと足掻いたが、腕を押さえる山崎の力も手を押さえる土方の力も、弱ることはない。声は切れることなく続くようになる。

 つぅ・と、赤が伝い流れた。


























 「……ぅ…」
小さな、小さな呻きだった。しかし耳聡くそれを聞きつけ、じっと男を見据える。
「なんだ?」
「…、…う……」
「…喋る気、出たか?」
こくり、頷いた。
 やっと。二時間責めて、やっとか。ため息をついた。
 「口、外せ」
顎でしゃくる。はいよと山崎が返事をし、後頭部の結び目を器用に解く。
「舌噛もうとか思うなよ。言っとくが、んなことしたら今より数倍苦しんで死ぬぞ」
「…ぅ…う」
こくこくと頷く男の口から、詰めていた布が巻いた帯と共に抜かれる。
「喋る感覚忘れちゃいねェだろーな」
「…あ…ああ」
「よし。…計画の全容、首謀者、他のメンバーを言え」





 ぼそぼそと始まった供述を、部屋の隅に待機していた書記役が一言も漏らさず書き取っていく。
 疲労の為につっかえがちだった長い供述が終わり、その場に居た者全てがほっと息をついた。土方も、少し眼の光を緩める。
 立ち上がり、抜いてやれ・と指示する。はいよという返事を聞きながら、ずいぶん短くなってしまった煙草を携帯灰皿の中で潰し、新しいものを取り出した。火をつける。
 「あーあー…もう固まってんじゃないスか」
心底呆れた風な声で顔を上げると、山崎が妙に顔をしかめている。流れたロウが手と床とを密着させているため、それを剥がすのに四苦八苦しているらしかった。
「これ、肌から剥がすのぁ地獄だぞ。とっとと喋ってりゃ良かったのに」
「念の為もう一回猿ぐつわ噛ませとけよ。死なれちゃ洒落にならねェ」
「はいよ〜」
返事は背中で聞いた。出口に向かって少し歩いて、それからふと振り向いてみる。
 よいしょとか言いながら山崎が必死になってロウを剥がし釘と手を床から外そうとしている。男はぐったりとして自発的な動きは一つもする力は無いようだった。

























 紫煙を吐き出す。ああ終わった・とようやく安堵する。
 泣きたい時に似て胸が詰まり、そのまま倒れこんでしまいそうな深い眩暈に襲われて、それでも決して倒れまいと煙草のフィルタを噛み締めながら、扉を開けた。
















                                 ---------------A Partial End 4.
                                 ------------------A True End!!
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 「花鳥風月」的にはラスト、「月」の土方さんです。うちの土方さんは完璧同人寄りなんで…ちょっと弱々しいですね(苦笑) 原作の土方さんはもうちょっとふてぶてしそうです。いや大好きですけど!(ぇ

 ラストパートなので全体を通して後書き(ぽいもの)。
 取説に書いた通り、元々は「風光る」という作品の一場面からヒントを得て思いついたネタでした。ぶっちゃけ、ちょっと冷徹でちゃんと鬼っぽい(?)副長・が書きたくて、犯人の取調べ(プラス尋問・拷問)ならそういうのも書けるかも・と思っただけです;; それでその後、色々考えてるうちに、登場人物でいくつかの場面に分けて視点も完全に変えてしまえば面白いものが出来るんじゃないか・と思いついたのです。半端にオムニバス形式。ちゃんとオムニバスと呼べるものに仕上がったかどうかは私も分かりません;;
 こういうわけなので、このお話は章ごとに独立していると思って頂いたほうがありがたいです。時間軸が同じなだけでテーマとか色々違います(多分(…)) まあさらっと読み流していただいても良いんですけどね(笑)

 タイトルは…拷問は絶対書くぞー・と思ってたので、咄嗟に浮かんだ有名な拷問器具「アイアン・メイデン(鉄の処女)」を入れようと考えて(拷問道具なのに響きすごく可愛いですよね…シャーマンキングでもメイデンは大好きでした(聞いてねェ))、色々ひねったんですが(英語にしてみたり色々言葉くっつけてみたり)。
 最初「嘆きのマーテル」ぽく「嘆きのアイアン・メイデン」にしかけたんですけども、ギャップある方が面白いなあと思って「真昼の」に変更しました。結果、意外と語呂良くなったので満足です(笑)

 あとは…あ、「花鳥風月」を当てたのは完璧に思い付きです。ちなみに、ちゃんと流れどおりに並べると「鳥風月花」になります。「花」が最後にまわっただけですね…せっかく順序無視するんだからもう少しバラバラになってくれた方が面白かったのにと、ちょっとがっかりしています(笑)
 もう一度、今度は順番どおりに読むと、少しだけ救われた感じになるはずです…多分……(汗)